No.30 本当!・・・会いに行って良かった。
ついこの間、「今年の宏友会はいつ頃行ったら良いのかな?」と言う荒町先生の言葉に、私は、「お婆ちゃんに暫く会っていないなぁ〜・・・。会いに行ってあげなくちゃな〜。」と思いました。
8月20日(日)の朝。
何となく、「今日はお婆ちゃんの所へ行こう!」と思い、宏友会へと向かいました。
久々に宏友会へ行ったら、前まで3階に居たお婆ちゃんが2階の部屋(重度の患者さんが多い所)に移っていました。
去年より二周りくらい痩せたお婆ちゃんを見てショックでした。
お婆ちゃんは私の事を少し忘れかけていました。(ちょくちょく顔を見せない私が悪い・・・。)
沢山、沢山、お話をしました。お婆ちゃんはこう言いました。
「今度はいつ踊りを見せに来てくれるのさぁー?園のみんな楽しみにしてるョ!」
「私は12月になったら、鉄筋コンクリートの4階建ての広くて綺麗な園に移るのさっ。」
「とても楽しみなんだっ!」
「新しい所に移ったら、きっと園の人達みんな忙しいだろうから、12月になる前にここの園で踊ったら良いのに・・・。」と言われました。
私、「じゃ〜先生達と相談して決めて踊りに来るから、それまで風邪引いたりせずに元気で園の人達と仲良くしていてネ。じゃ〜また会いに来るからネ!」
お婆ちゃん、「どうもネ!体に気をつけるんだョ。またネ〜。」と言い、さよならをしました。
前よりも少し忘れっぽくなってはいましたが、食欲もあり、顔色も良かった様子なので少し安心しました。
次の日、荒町先生に宏友会へ行き、お婆ちゃんに会い、話をした内容を伝えました。
「早く宏友会へ行く段取りをしなくては!・・・。」と話をしました。
そして次の日、私の母から電話が有りました。
「お婆ちゃんが危ないから・・・。朝の30分しか会えないからその時間を目掛けて病院へ来て頂戴。」と言われ、次の日の朝、病院へ向かいました。
沢山の医療具を取り付けられたお婆ちゃんにほんの少しだけ会う事が出来ました。
そして、お医者さんに「暫く眠った状態が何日か続くと思います。容態が変わるようでしたら直ぐにご連絡致しますので、お家の方でお待ち下さい。」と言う事なので帰りました。
もうバタバタしても仕方ない。けど、側に居てあげたい。
でも、居ても何もしてあげられない。
ただ私は仕事をしながら、母からの連絡を待つだけでした。きつい・・・。
その翌週の火曜日。8月29日(火)の午後6時30分頃、「もう、婆ちゃん駄目かもしれない・・・。」と、母から連絡が有り、早々とレッスンを終えて荒町先生に病院まで送って頂きました。
車の中で私、荒町先生に「私、お婆ちゃんに会うの怖いんですけど・・・。きついですわっ。」と言うと、荒町先生、「美香先生はお婆ちゃんと、しっかりと最後のお別れをきちんと出来ましたョ。お婆ちゃんに会える様にと、きちんと導かれたんだョ。」と・・・。
私、「先生と宏友会の話でもしなければ、きっと元気に話が出来るお婆ちゃんに会えなかったですわっ!」と話をして、車を降りて集中治療室へと向かいました。
お婆ちゃんの周りには、従兄弟達が沢山いました。みんなで代わりばんこにお婆ちゃんの側に居て、話かけたり手を握ったり。そして頭を撫でて・・・。
私もお婆ちゃんの耳元で大きな声で叫びました。
「お婆ちゃん!今まで本当にお世話になりました。」
「私の事、本当に助けてくれてありがとう!!お婆ちゃん。」と、声をかけました。
お婆ちゃんの左目から涙みたいなものが滲んで見えました。
私の声に反応してくれたのか、体が痛くてたまらないのか・・・。
段々と血圧も低下していき、1時間に10ずつ下がり・・・。
どんどん下がり、呼吸する回数も少なくなり・・・。
8月30日(水)。午前1時15分、眠る様に息をひきとりました。
お婆ちゃんとの思い出がどんどん頭ん中で浮かび、それを思い出す度に涙が出てきてしまいました。
孫、曾孫も、みんな、お婆ちゃんはみんなの面倒を平等に見てくれて、誰にでも優しく、面倒見の良い、ちょっぴり恥かしがり屋なお婆ちゃんでした。
私は本当に、本当にお婆ちゃんと今際に会って話が出来て良かった・・・。
これから先、お婆ちゃんを忘れずに「命日」には何処に居ても手を合わせる事を忘れずに心掛け様と思います。
最後に、お通夜、告別式と参列して下さいました皆様、本当にありがとうございました。
マキダンススクール
岩本 美香


