第33章 「あの橋でその時拾った1枚の500円札」
はじめに
釧路を後に、3人は札幌へ戻ろうと歩きはじめた。嘘でもなく冗談でもない。何日かかろうとも、私達は歩いて札幌へ戻ろうと本気で札幌を目指して歩き続けていた。
歩き続けること十数時間、途中で見つけた掘っ立て小屋みたいな作業小屋で一晩を明かし、翌朝、早朝からまた歩き続けた。しかし、何も食べずに歩き続けている空腹感を満たすまでもいかずとも、空腹感を何とか解消しようと誰もがそう考えていた。
誰が言い出したのかは記憶には無いが、しばらく国道を歩いていると、何やらその先に道を発見。その道を辿ればその先には、小さな村か町でも在りそうな雰囲気のある道を見つけ、私達3人はその横道へと、本線から右にコースを変えた。
その時の事を思い起こしてみても、自分でもまったく馬鹿げたアホみたいな話だが、その時の自分たちは至って本気の本気。歩いて札幌に戻ろうと、本気で思っていたが、今思えばその愚かさと言うか、幼さと言うか、怖さ知らずと言うか・・・。
絶対歩いて帰れると思っていたその時の自分達が怖い・・・。
あの1枚の500円札
そうして札幌へと向かう本線から外れ、横道を歩きはじめた。左カーブしたその横道を歩き続けると、目の前には小さな橋。そこを過ぎると民家が数軒。そして何となくお店が在りそうな雰囲気。
3人は、やっと「食べ物にありつけるー!」という期待を膨らませて、道先に見える民家を目指して歩いていると、目の前には小さな橋。
その小さな橋を渡りはじめた頃、橋の中間辺りに何やら紙切れが1枚。
ゴミか何かの端きれの様に見えた物が、近づくにつれ、それが紙らしき物であり、そしてさらにその紙らしきものに近づいてみると、
「えっ???まさか!? まさかな〜・・・。」
と、さらに近づいてみると、
「おい!嘘だろう〜、本当にか!?本当に、もしかしたらお札じゃないか?」
そう想った瞬間、お札が風で飛んで行ってしまわないうちにと、お札に向かって猛ダッシュ!それは1枚の、なな、なんと!まったく汚れていない500円札だったのです。
嘘のような話ですが、この時の感動は、今では三人だけの共有財産。善い思い出です。
この時は自分の眼さえ疑ってしまいましたよ。
3人で顔を見合せて、他にまだ落ちていないかと、3人が散らばって橋の上を見渡したり、川に落ちていないかと橋の欄干から身を乗り出したりと、必死で、他にもまだ落ちているんじゃないかと探しましたよ。
必死に探しましたが、他には見つけられず、その1枚の500円札が本当に本物なのかどうかを、空に向けて透かしてみたり、撫でて手触りを確認したりと・・・。
どう見ても本物みたい・・・。でも、こんな所に風で吹き飛びもせずにある事に、私達はもの凄く疑問に思っていました。
私達が橋に続くその道を歩きはじめてから、その橋にたどり着くまでは、1台の車も通り過ぎてもいないし、誰ともすれ違っていない。それに、橋が目に入ってからのその道を歩き続けて橋にたどり着くまでの距離と時間の間、500円札がず〜っとここに風に吹かれて飛びもせず有ったということが信じられませんでした。だからきっと、これは誰かの悪戯で、俺達を絶対試している!のではないかと想いましたね〜
絶対不自然でしたからね〜
でも背に腹は代えられない。1枚の500円札を大事に持って歩き続けながら、
「この500円札、もし偽物だったらどうしょう?」
「この500円札を店で出して、もし偽物だったら俺達・・・。」
そんな不安を抱きながら、その道を歩き続けたのでした。
1枚の500円札が私達を救った
そうして歩くこと数十分。 在りました〜・・・。民家が数軒。
でも自分たちにはお金があることで、民家で盗みをしないで済んだのです。
あの時は本当に、本当に救われました。1枚の500円札に・・・。
お金を持っていることで数軒の民家を素通り。そして歩き続けると、どうでしょう!想った通り小さなお店が1件。店先に野菜や果物が陳列されていて・・・。
あの時の感動は一生忘れられないですね〜
本当に良かった。
助かった・・・。
店の手前で私たちは立ち止まり、誰がこの、もしかしたら偽物かもしれない500円札を持って行ってあの店で何を買ってくるか!?の相談が始まったのですが、話せば長くなりますが、結局、その役目は私になりました。
恐る恐る店に近づいて、店先に並ぶ果物、それもバナナ。そのバナナを、この500円を出して買うこともなく、盗んでそのままダッシュで逃げようと、どんだけ想った事か・・・。
店先に並ぶバナナをしばらく見つめながら、そんな思いでいっぱいでした。
とんでもなく自分と格闘しましたね〜
鶏が先か卵が先か?じゃないですが、盗んでダッシュで逃げようか?本物かどうかが解らないこの500円を使って買い物をしてみて、もし偽物なら俺達・・・。どっちが今の自分たちにとってベストなのかを、きっとそれほど長い時間ではなかったと思いますが、本当に、本当に、メチャ悩みましたね〜あの時は・・・。
結果は、本物か偽物か解からない、拾ったその500円札を出して、ロバパンのクリームパン(グローブの形をしたやつ)と、ジャムパンを、500円で買える分だけ手にとってカウンターへ・・・。
本人としては、本当はバナナの方が買いたかったんだけれど、それをしなかったのには理由があって、その理由とは、
店先に並ぶバナナをもし買うとすれば、そのやり取りは陽の照る外。
透かしもちゃんと入ってはいたけれど、自分たちには本物かどうかが判別ができない500札。
だいたいが、あんな所に風にも吹き飛ばされずに落ちていたこと自体が不自然。それを偶然にも、腹が減っていた自分たちが今まさに、何か腹ごしらえしようと何かを盗もうとしていた私達の目の前に落ちていた事の不自然さ。
もし、この500円札が偽物だったとしたら、店のおばちゃんがその500円札を手に取り、陽の明るさで偽物と直ぐ気づいたなら、その瞬間に大きな声で叫ばれたなら、そのおばちゃんの大声はそこら中に響き渡り、誰かが自分たちを追っかけて来て捕まる危険性があったこと。
だからお金のやり取りは薄暗い店の中。
万が一、その500円札が偽物だったとしても、店の中で叫ばれても、自分たちの方が先に逃げ出せるという、捕まる危険率の低さを想定して、店先に並ぶバナナは諦めて、店の中にある物を買う事にしてたんです。
しかし、そんな知恵はいったい何処でついていたんでしょうね〜。
我ながら、その時の事を今振り返ってみても、悪知恵はついていたんだな〜と感心しています。児童相談所の先生が、「真樹生君は頭が良い子だから、・・・。」と言っていた時のことを思い出すけれど、学校の勉強は嫌いじゃなかったけれど、体を動かす授業か、音楽、美術、技術の授業以外の他の授業は、あっ、そうだ!数学の方程式と、中学1年生になった時に初めて勉強し始めた英語が、最初は楽しかったけどな〜・・・。
「 a pen 」
「 a desk 」
なんて時がね!それ以後は、やれ助動詞やの動詞やのと、文法がどうだのこうだのとなってからは具合悪くなった。
って、それ?ほんとに教科書の1ページ目に書かれていた文章やんか!
もし、この500円札が偽物だったら
そうして、悪い頭でパンの値段を見ながら、500円で買える分だけのパンの数量を計算して手に持ってカウンターに置いた。店のおばちゃんがそろばんで計算して、いくらだったかな〜・・・憶えていないけれど、500円でもう一個買える金額で、おばちゃんに、「おばちゃん!もう一個買うわー。」と言って、ラッキ〜!てなもんで、急いでクリームパンを陳列棚に取りに行き、カウンターに置いた。
なんで500円で買えるだけでなく、もう一個買えるだけの余裕があったのかと言うと、どうと言う事はなく、ただ単に計算ができなかっただけなんだけどね!頭悪〜い・・・。
どこが頭が良いんだ!?ってね。ほんとに・・・。
さぁ〜緊張の一瞬!
いよいよ500円札を出す、その時が来た!
ビビったね〜あの時。
パンをすっかり袋に詰めて貰ってから、「はい!おばちゃん!!」っと、元気よく軽快に拾った500円札を差し出したが、気持ちは超ビクビク。
いつでも、袋に詰めて貰ったパンを持って逃げれる態勢をとりながら、「おばちゃん!お釣りいいよー!」って言って店を飛び出した。
が、飛び出すまでのその間にこんなことがあった。
おばちゃんが「ボクボク、ちょっと!?」と言いだした。それを聞いた途端、超猛ダッシュ!
逃げたね〜・・・。「やっぱり!」と思い込み、店から飛び出した瞬間、店先に並ぶバナナを鷲掴みして盗んで逃げようかと一瞬思ったんだけれど、狭い店なだけに、おばちゃんはカウンターから出てこっちに向かっている殺気。
バナナを盗む暇もなく超猛ダッシュ!
それにひきかえ他の二人もどうだろう〜。連携プレーが良いと言うか、仲が良いと言うか何と言うか、ちゃんと私を追っかけて来ているんですから・・・。
楽して獲物を確保ですからね。まったく要領の良い二人でしたよ。と言うより、何をするにも率先して私が先頭になってしていた自分が愚かだったのかもしれないですが・・・。
だってね〜、言い訳じゃないですが、誰もが嫌がることを、それも仲間がですからね。
仲間が嫌がることを、私がやってあげなければ誰も出来ないし、しないと思っていましたからね。ましてそれが、技術や能力的を必要とする物ならばなおの事。とは言っても、私自身が仲間より優れていたとは思ってはいませんでしたからね〜。
ただ一つ、根性と勇気だけは絶対に負けない!と思っていただけですよ。それだけでした。
予想していた通り、おばちゃんが店から出てきて叫びましたよ!
「ボク〜、お釣りあるよ〜!」って、しばらく大きな声で叫んでましたよ。
それを聞いた途端にダッシュ中止。でも足取りは「後ずさり」。
軽いランニング程度の足取りで、
「いらないよ〜!おばちゃんとっておいて〜」って言いながら、軽いフットワークでその場から退避。
おばちゃん、しつこかったですよ。「お釣り、本当に良いのかーい!?」って。
3人で、「あの500円札、本物だったんだな!?」と言い交わしながら、
「戻って、お釣りでなんかまだ買うか!?」って言いましたからねー。
今でもあの時、調子こいて、店に戻らなくて良かった!と思っているくらい、あの500円札、本物の500円札があんな所に落ちていたなんて不思議で不思議で・・・。
助けられましたね〜、本当に。
あの時あの500円札が無かったら?と思うと、本当に助かりましたぁ。とは言っても、その前日に間借りしたあの掘っ立て小屋への侵入は、立派な「住居不法侵入罪」ですからね〜。
悪い事とは分かってはいましたが、それが犯罪だという強い認識はありませんでしたね〜掘っ立て小屋でしたから。(言い訳にはなりませんが・・・。)
その後パンを何処で、3人で何を話しながらパンにむしゃぶりついたかは、記憶からスッポリと消えていますが、きっと美味しそうに食べたんだろうな〜・・・。それにしてもあの500円札、不思議で不思議で・・・。当事者の自分たちでさえ作り話のように思えるから、札幌に戻ってきてからは、その話には一切触れなかったけれど、本当に「天の助け」でした。
そんな不思議な体験もあります・・・。
ヒッチハイクは命取り
それからはまた本線に戻り、ただひたすらに札幌に向かって歩きました。ず〜っと、ず〜っと・・・。 深夜の歩きは危険でしたが、私達はとにかく少しでも早く札幌に戻りたいという一心で、
「今日のうちにもう少し、もう少し」と言い合いながら歩き続けているうちにどっぷりと日も暮れてしまい、気がつけば深夜の国道を、それも辺り一面を見渡しても民家など一軒もありそうもない場所を歩いていました。 あそこはいったい、どの辺りだったのだろう・・・。
○○○はし君が、「おい!もういい加減に、ヒッチハイクしようぜ!」と言いだしはじめたのです。3人とも本当にど〜っと疲れていました。ですが場所が場所なだけに、こんな所で野宿などできそうもないことぐらいはみんな分かっていました。ですが、ヒッチハイクだけは「命取り」だと、少なくとも私はそう思っていました。
3人が一緒なら、ヒッチハイクが出来る可能性は、ほぼ皆無。
せめて2人か1人づつ。そんな考えもありながらも、と言う事は3人がバラバラ。そんな事は出来ない。だからヒッチハイクは無理。
それにこれだけ疲れていたら、もしヒッチハイク出来たとしても、きっと3人共寝てしまうだろう。と言う事は、目が覚めて気がつけば、そこは警察。と言う可能性は非常に高い。そう想ったのも無理はない。まだ高校生か中学生みたいな子供が、深夜、それもこんな場所を歩いているのですからどんな人も疑問を抱いて当たり前。
そうすれば必然的に、「この子たち、もしかしたら家出か!?」と思われて、親切な人なら気を利かせて警察へ。という考えはいたって自然。
昼間ならともかく、こんな夜中にヒッチハイクをすることは本当に命取りだと分かっていたことですが、3人はヘトヘトに疲れきっている中、○○○はし君は「ヒッチハイクをしようぜ!」と言いはじめた。
私達2人は、「それはヤバイからよそうぜ!」と言いなだめるが、「いや、俺はヒッチハイクする!」と、○○○はし君は強情を張って聞かない。
それからは、「マズイから駄目だ!」「いや、俺一人でもする!」とか、「お前は俺達仲間を裏切るのか!?」とか口喧嘩となったあげく、止める私達の事を無視して、彼は私達の後ろで車に向かって手を挙げはじめたのでした。
そんな彼をよそに、私達はかなり先を歩いていました。
彼も相当疲れていて、歩き続けることに嫌気をさしていることはわかりましたが、嫌気がさしているのは私達2人も同じ。でも自らが危険を冒してまでもヒッチハイクする事は命取り。絶対に札幌に戻れるとは思ってはいなかったのです。だったら、何日掛ってでも自分の足で歩き続けることの方が確か!と、本気の本気で、釧路から札幌まで歩いて戻るつもりでいましたからね〜 怖い怖い。
深夜の道を札幌に向かいながら歩き続ける3人。
1人は後ろで、車が来る度に振り返りながら左手を上げてヒッチハイク。
私達2人、私とマサは、彼のかなり先を歩きながら、時々彼の姿を振り返って見てみる。
しまいに彼は歩くことを止め、その場に立ってヒッチハイクをし始めた。私達はそんな彼の姿が次第に遠くなってゆくことを感じながらも、私達2人は歩き続けた。この時、○○○はし君とは、ここで「別れ道」に立ち、そして「さよならの時」だと私は感じながら歩き続けていたけれど、きっとマサもそう感じていたに違いないと想う。
歩き続け、疲れ果てた末のヒッチハイク
そうして○○○はし君とは離ればなれとなり、それからどれほどの時間が経っただろう?真っ暗な道を、歩道と車道の区別も判らないほどの深夜の道を、ただひたすらに札幌方向へと向かって歩いていた時のこと。
一台の車が私達の前で停車した。
「やばー!サツだぁ!」と思い、反射的に逃げようと態勢を整えたのだけれど、逃げるにも逃げようがないほど、辺りの状況が判らない。
正直、この時「なむさん!」と、思ったね〜。それに、2人とも疲れに疲れていたから、もう、これ以上逃げても、逃げきれる余力など無いことは2人とも気づいていたのかもしれない。
断念して、歩くことさえも無駄だと覚悟を決めた時、私達の少し前で停まったその車の助手席のドアが開いた。
暗闇の中、その助手席から出てきた人が、
「おーい!乗れ〜ッ。札幌まで帰れるぞー!」と叫んでくれたではないか!
それはなんと!あの、離ればなれとなったと思った○○○はし君ではないか!!
私達2人は恐る恐る、その車に近づいてみる。
やはり叫んでいたのは○○○はし君だぁ。
近寄る私達に彼は口早に事情を説明してくれた。
彼はヒッチハイクをし、私達の所まで来る間に、「他にもう2人いて、その友達も一緒に乗せて欲しい」とまで交渉してくれていた。そして尚且つ、その車が、な・な・なんと!札幌まで向かう車である事を聞かされ、安心して私達2人は後部座席へと乗り込んだ。
私達を乗せてくれた方は、齢の頃は60歳代の会社役員の様な風貌を持つ男性の方で、車は多分トヨタのクラウンだったと思う。大きめの内装が立派な黒色の車だった。
後部座席に乗った私達2人は、安心と疲れのせいか、いつしか眠ってしまったが、眠るまでの間で憶えているのは、
その男性の方が、
「君たちは何処から歩いているんだね!?」と聞かれ、それに答えたことと、
「将来は何になりたいんだね?」と聞かれて、それに答えたことと、
「君たち一人一人を家までは送ってはあげられなくてごめんね。」と言われたこと。
はっきり憶えているのはそれくらいのことですね〜。
助手席に乗っている○○○はし君は、その男性とどれくらい話続けていたのだろう、後部座席に座る私達には前で会話している2人の声が、まるで、ず〜っと遠い場所で話している会話が微かに聞こえているかのように聞こえはじめ、そのまま、いつしか深い眠りについてしまった。
そうして深い眠りについてから、次第に戻る意識と共に目が覚めたら、外は朝。
それも陽が昇りはじめた頃の時間。辺りを見渡しても、しばらくは「ここは何処だ!?」という感じで、私はず〜っと眠り続けていたらしい。
隣にいるはずのマサを見てみると、マサは既に起きていた。
マサに、「マサ、ここ何所よ!?」と聞くと、マサは、「札幌だぞ」って。
私は、「札幌の何所?」って聞き返すと、マサは、「俺にもわかんね〜」って。
でも、どうやら札幌である事に間違いはないらしい。
市街地へと向かう車内の窓から、私は辺りをしっかりと見渡した。
「どこかで見たような〜?」
「何となく、見覚えのあるような〜?」
「あっ!ここ、何となく判るような!?」
「そうだ!そうだぁ!!この道をそのまま真っ直ぐに進むと!?」
自分達が今、札幌のどの辺にいるかが何となく判り、
「あっ!もう少し行ったら育ての母親の家に近いところだぁ!」と判り、
「やった〜、家の近くまで行ったところで、先ずは自分が最初に降ろして貰おう!」と思っていました。それで自分は良いんだけれど、マサと○○○はし君はどうするのか?何処で降ろして貰うのか?それが気になって、隣のマサに小さな声で、「マサ、お前どうするん!?」って聞いたら、マサ、「俺、行く所無いから、まきおと一緒に降りるよ。いいべぇ!?」って。
おいおい、勝手に決めるなやなぁ〜と思いながらも、分かった、お袋に頼んでみるから、もし駄目だったら泊めてやれないぞ!?と話しながら、家の近くまで行って貰えることを期待していた。
○○○はし君はと言うと、彼は助手席に乗っているから聞くとこも出来ない。
「○○○はし君はどうするんだろうな〜?」と、自分の事もままならないのに、彼の事が気になっていた。
運よく叶えられた札幌帰り
そうして眠りから覚めてから数十分も経っただろうか?私達を乗せてくれた方が、「さぁ君たち、ここまでだよ!」と路肩に車を停め、「元気に頑張るんだよ。」と言葉を残し、○○○はし君が助手席に同乗したまま急ぐように立ち去ったが、「もう少し行ってから降ろしてくれるといいんだけどなぁ〜」と思ったが、釧路から歩き続けて大変な思いはしたが、こうして眼が覚めたらいつの間にかそこは札幌。なら、札幌の何処で降ろして貰おうとも札幌まで乗せてくれただけで超ラッキーの超感謝!
別れ際に、
「ありがとうございましたぁ〜。助かりましたぁ〜!」
「はい!頑張ります!」
そんな、二言三言のお礼をだけを言ってその方と別れてしまったが、あの人は一体どこの誰だったのか?・・・
それを由一知っている可能性があるとすれば、助手席に乗っていた彼、○○○はし君だろう・・・。
その後、○○○はし君とは再会しているが、その方についての話はした事がなかったが、何故か気になる・・・。私達を、「さぁ君たち、ここまでだよ!」と釧路辺りから乗せてくれて、アッ!そうそう、その事で思い出したけど、車の中で話した会話の中に、
その方が、
「えぇ〜!本当に釧路市街から歩いてここまで!?」と、聞いて驚いていた事を思いだしたよ。いったい私達は釧路からどこまで歩いていたんだろう?・・・それを憶えていないのは多分、私だけだと思うけど!?・・・ヘヘヘヘ〜ッ あったま悪いからぁ〜。特に、名称や名前を記憶に残すのは超苦手!暗記は駄目だぁ〜マジで!
小さい頃に、頭を殴られ過ぎとちゃうの? 脳の構造、脳細胞のバランスが悪くなってるのとちゃうの?
まぁ、そんな事はさておいて、降ろしてくれたのが札幌の新道と白石本通りが交差している交差点を過ぎた所。
そのまま白石本通りを街に向かって歩けば、育ての母親が店をやっている所に辿り着ける。そこまで辿り着ければ、あとは家まではちょろいもん。
20何条から3丁目までは距離はあるが、その頃の私達にとって、それくらいの距離は朝飯前!私とマサは白石本通りを街に向かって歩いたさぁ。
ところで○○はし君はいったいどこまで送って貰ったのか?・・・
その後も○○○はし君とはある時ある事で再会しているから、無事に送って貰っているんだろうけれど、あいつは本当に要領のいい奴だったからなぁ〜
私達が後ろで眠ってる間に、いったいどんな事を話していた事やら?・・・
それから私とマサの2人は歩き続け、店の前まで辿り着き、そこからは、飼い主から引き離れた犬が我が家を目指すように、周りの風景と感で、家に辿り着いたのは時計の針が12時を過ぎた頃だったと思うなぁ。
育ての母親は驚いていて、それにくわえ旦那さんは平然としていたが、後にその時の事を聞くと、「どうせ直ぐに戻ってくるだろう〜」と想っていたそうですわぁ。
こうして私達の、夢を抱き、釧路で一旗挙げて帰ってくるぞー!という「釧路行き」が、数日の訳の分らない旅で終わったのでした。
この旅での不思議と偶然の事ごとは永遠に解決されないまま、「あなたの知らない世界」みたいに葬り去られるんだろうな〜きっと・・・。
あの500円札
最後に
この、「まきおのこんな人生だからこそ」を読んで頂いた方から、最近、携帯から、『これからも、学園の後輩たちのためにも書き続けて下さいね!』と、感謝と励ましのメールをいただきました。ありがとうございます。 凄いですね〜携帯って。今では携帯電話は『小型移動式端末機』ですもんね〜・・・。
IT産業の日々の進歩は本当にめざましく凄いものです。ついて行けない・・・。
こうして私のような紆余曲折な人生経験を世に公表することなどは誰もやりたがらない事でしょう〜こんなこと。面白おかしく、いつも楽しい事を書いている方が良いかもしれません。それに、そうする事でもっと読者も増えるかもしれませんね〜。
私自身も自分と格闘しながら書き続けていますが、書き続けながらも、正直、こうして書き続けていることに毎回疑問を持ちながら躊躇しながら書いていますが、それだけに、言葉を選びながら細心の注意を払いながら書いているつもりですが、それでも不安は隠せません。
ですから、まったくの赤の他人の方のご意見を伺いながら、その反応を見ながら書き続けていることも事実ですが、そんな中、縁があって、ある弁護士の方に、この「こんな人生だからこそ」について、『こんなメールや、このようなお手紙を頂く度に、今後も掲載して行き続けることに躊躇を・・・。』と、つい最近、尋ねたことがございましたが、『是非!続けて行って下さい。』と、ありがたいお言葉を頂きましたが、正直、そう言われても、・・・です。
弁護士さんは仕事上、矢張り法律上の事も考慮されてのことだとは思いますが、是非!書き続けて下さい。と言うそんなお言葉を頂戴しながらも、今もなお、私は、こうして書き続ける事は、正直、疑問でおります。
ただ一つだけ言えることは、私のそんな紆余曲折な人生経験に登場する方々の今のお幸せな生活をも無視し、軽率な自分の勝手な思いだけで書き続けているわけではないことだけは、ご理解していて頂きたいと心から願います。
私が今日あるのは、紆余曲折な人生経験に登場した全ての方々や環境の『お陰』です。
本当に、本当にです。だからこそ、書き続かせて頂きたいのです。
良識をもって、これからも人に在るべき常識を持って書かせて頂きますから、ですから、どうか、どうか私に、この『まきおのこんな人生だからこそ』を書き続けさせて下さい。お願いします。私は皆さんの幸せを心から願っています。心からです。
誰をも傷つけたいとは思ってはいません。それどころか感謝をしています。本当に・・・。
だからこそ書き続けさせて頂きたいのです。
私が生まれた時からある時期までの人生は、確かに辛い事や苦しい事ばかりです。
ですが、ある時、ある事がきっかけで、ほんの小さな『気づき』から、モノの考え方一つ一つに変化がでてきたのです。当時、その事に私自身が気づいてはいませんでしたが・・・。
すべては、『感謝』の気持で書かせて頂いております。
ですからご安心ください。私の罪は自分への戒めとして、自分の事を書き続けますが、それに携わっている方々の事は、ご本人様のご承諾なく書く事はけしてございませんからご安心ください。
往々にして、どのような事柄も、きっと私が悪者となっているであろうという事は覚悟しております。今の世の中はそんなものです。
それには世間体もございますでしょうし、たとえご自分に非があったと致しましても、それをわざわざ公表する愚かな者は私ぐらいでしかないのかもしれませんが、それも重々分かっているつもりの中で、いくらこれが事実だからと言って、何でもかんでも書き綴ろうとする気はございません。その気持を踏まえた上で、ただ、あとは信じていて頂くしかございません。
どのような方も、大なり小なり、罪は犯していても不思議ではない世の中です。
例えば、車の窓からゴミや煙草の吸殻を投げ捨てただけでも立派な犯罪ですよね。そんな行為でも、本人にその認識、意識がなければ、なによりも、気づいていなければ、そんなことぐらい!と、ご本人は思うでしょうし、そんなことを考えてもいないのではないでしょか?
また、そこに認識も無く、罪悪感がなければ、正々堂々としているでしょし、その逆に、たとえ小さな事でも、大なり小なり悪い事をしている事に気づいている方ならば、そこに罪悪感があり、そして身分やご人格をお持ちの方ならば、静かにご身分を隠そうとするでしょう。
私もそれが自然だと思いますよ。その事は、けして悪い事ではないですからね〜。
それで良いと思います。
私はある時、これもいずれ書く時が来ますが、ある時ある場所でこんなことを考えました。
その時の自分の心境は、
『自分はこれからいったいどうなるのだろう?・・・』
『どうしてこの世に生まれてきたんだろう?・・・』
『何のために?・・・誰のために生まれてきたんだろう?・・・』
『自分はこの世に生まれてきて、いったい何をしなくてはならないと生まれてきたのだろう?・・・』
『自分はこれから先、いったいどうしたらいいのだろう?・・・』
『誰か助けてください!』
『それが判る方がいたなら、誰か教えて下さい!』
そして、
『死にたい!・・・』
でした。
ある時ある場所で、そんな気持ちでいっぱいいっぱいの時に、ある本のタイトルが目にとまったのです。その時が初めて、本というものに真剣にクギづけになりました。初めてのことです。「藁をもつかむ思い」とはこのことなのでしょう・・・。
その、ある方が書かれた本を読んだ事がキッカケ。ほんの小さな『気づき』からが事のはじまりです。
信じていてください。私は自分を正当化するために、事実を公表することで、自分の何かを取りさりたいと思って書いている訳ではありません。
だから信じていてください。
信じて頂ける事を願い、自分の紆余曲折な人生を書き続けてゆきたいと思います。
今となっては、本当に、どんな経験も思い出も、私には貴重な宝です。
今回は非常にページ数の多い原稿となってしまいましたが、最後までお読み下さり、ありがとうございました。
荒町 真樹生
まきおの『こんな人生だからこそ』へのご意見やご感想はこちら(荒町宛て)までお送り下さい。


