第26章 「無免許運転から学ぶ」Part 2
はじめに
【どうだぁー!これでもまだ無免許運転をし続けるかぁー!】と言うほどの無免許運転から学んだもう一つの出来事を今回は書きますが、これまで、本当によく事故を起こさないで済んだものだと思います。車の運転を覚えてからというもの、とにかくチャンスがあれば深夜に無免許運転をしていましたが、これまでは幸いにも事故を起こさずに済んでいました。ですがその「しっぺ返し」は後に、ちゃんと返ってきましたよ・・・。
「しっぺ返し」に至るまで・・・。
当時の車のクラッチは全てマニュアルでしたので、クラッチとアクセルとのつなぎ方があまりに下手だとクラッチ盤が磨り減ってしまい、走行不能となってしまう事がありました。殆どの乗用車は今ではオートマチックタイプですから、そんな事で修理に出す事はまず在りえませんね。でも、もしこんな経験をされていると言う方がいらっしゃったなら、きっとその方は若い方ではないですねぇ〜。私と同じくらい?それとももっと上?そして、「もしかして無免許で乗ってた経験をもってたりして!?」
さて、そんな事はどうでもいいとして、私は自慢じゃないですが、クラッチの事で車を2回修理に出させた経験の持ち主です。1度目の時はまるでゴムでも燃えている様な異臭を感じました。
「あれ?ゴムが焼けた臭いがしてる・・・。」
「なんで?」
「タイヤかぁ〜?」
と言った感じで、その異臭はクラッチ盤を焼き減らしている臭いだったとは思いもしませんでした。
そんなクラッチ盤を摩り減らす様な、所謂「半クラ」状態を繰り返して走っていると、クラッチ盤の磨耗具合と共に次第に車のパワーが無くなってくるのです。そりゃそうでしょ。クラッチはシャフトと連動しているのですから・・・。
でも、よほど頻繁に半クラ状態を繰り返さないとそうはならないものですが・・・。
幸い一度目の時は、「クラッチ調整」という修理で事が済みました。が、2度目は「○○○はし君」を「○な川」に連れて行って用事を済ませ、我が家に帰ろうと運転していた帰り道での事です。
外はもう薄っすらと明るくなってきていました。その帰り道の途中で、なにやら車のパワーが次第に無くなり始めたのを感じはじめました。「なっ、なんだぁ!?どうした?」と不思議に思いながらも運転し続けていた時の事です。
そんな現象を感じはじめてからまもなく、まるでガス欠にでもなったかの様に、いくらアクセルペダルを踏んでも加速力が無い、まるで何かが空回りをし始めているような、そんな状態になってしまったのです。
駐車場まではあと3丁程という所まで来た時の事です。エンジンはブォーンブォーンとうなり声をあげているのですが、スピードが落ちて行くのです。幸い、1車線の道路だったからまだ良かったのです。それと言うのも、これで後続車でもいて2車線の道路でセンターライン寄りの車線でも走っていたらどうなっていた事か・・・。
後は惰性で路肩に寄せ、なんとか停車できた事にまずは「ホッ」と一安心。
それから計器類を見渡しても、いったいなにが原因なのかがまったく分からずに、「なっ、なんだろう?」「どうしてしまったのだろう?」「どうしょう〜!」とパニック状態です。
もうすぐ陽も昇り、オヤジもそろそろ起きる時間でした。「どうしょう・・・どうしょう・・・。」と運転席に乗ったままどうする事もできなくてしばらく運転席に座っていると、すると!また、あの以前に一度嗅いだ事のある、「タイヤのゴムが焼けているような異臭」が車内に漂ってきたのです。
ですが子供で無免許ですので、誰かに助けを求める事もできずにただ黙って運転席で黙って座っているだけでしたが、「少し時間を置いたら、きっとまた動くんじゃないだろうか?」と、安易な考えではありましたがエンジンを止めて時間を置いてみることにしました。
そうしてどれほどの時間を置いたかは憶えていませんが、しばらくしてから改めてエンジンをかけてクラッチをつないでみました。するとどうでしょう〜、僅かながら車が動き始めたのです。こうして「動かなくなったら冷ます。」という事を繰り返して、どうにか駐車場の前まで辿り着く事が出来たのです。
が、そこでまた問題発生です。車道から駐車場に入る為には歩道を跨がなくてはなりません。ですがその車道と歩道の境目にある縁石の勾配さえ、乗り越える力など無かったのです。かと言って他に方法もなく、考えてしまいました。
「試してみてもし昇りきれなかったら?」という時の状態と、その時にはオヤジに話なして助けてもらわなくてはならないという事。「と言う事は、オヤジにバレてしまう・・・。」と、それらを想像すると、「なんとかこのまま自力で駐車場に!」とは考えるのですが、もしこの縁石を乗り越えられずに途中で止まってしまったらと考えると・・・。
結局、路肩に車を停めて、オヤジに怒鳴られるのはもちろんの事。殴られる事の怖さより、とにかく今のこの状況を一刻も早く処理して貰う事の方が先!と、覚悟を決めてオヤジに助けを求めに家に駆け戻りました。
オヤジは既に起きていて、洗面所で頭を梳かしていました。
オヤジに、「オヤジ〜・・・。駐車場の前で車が動かなくなっちゃって・・・。」と言うと、オヤジ、「なんだぁーこのやろう!また車乗り回してたのかぁー!!」って怒鳴られ、一発蹴りをくらった私は奥の部屋のドアまで飛ばされて・・・。
でも、それで済んだから不幸中の幸いでしたよ。オヤジは直ぐに何人かの職人に電話して急いで駐車場へと向かいました。
私は蹴られて飛ばされたその場所で、しゃがみこんでいました。
オヤジに蹴られた痛みより、しでかした事の大きさにビビッていました。
その後、車がどうなったかは分かりません。が、整備工場に出さなくてはならなくなった事で、その日、その車を使って現場に行く段取りとなっていた仕事が全て駄目になり、ある職人さんは自転車を使って現場に行く羽目になったり、帳場さんが現場に電話していたりと慌しく周りの人達が動き始めました。
私のしでかした事で沢山の職人さん達に迷惑をかけてしまっている様子を目の当たりにする事になってしまったのです。
そして「しっぺ返し」のはじまり・・・。
これ以来、私は車を運転する事も駐車場で車を移動したりする事など、一切車を触らせてもらう事が出来なくなりました。それに、自分も、「あの時」あれだけ多くの人に迷惑を掛けてしまった事を骨身に沁みましたから、さすがに自分でも運転したくなる気持ちを抑えて我慢していました。 18歳になったら、とにかく何よりも一番には車の運転免許を取る事を思い、それまでの間に免許を取る為のお金を貯めなくちゃいけないと思っていました。
そしてそれには、少しでも金になる仕事をして沢山稼がなくちゃ!と思っていましたが、それにはどんな仕事をすれば短期間で稼げるだろうか?と、「何をしようか?どうしょうか?」と考えて数ヶ月が経ちました。
その間、たまに車の助手席に乗ったりする機会がありましたが、運転しているオヤジのその動作が気になって覗いてしまうのですが、オヤジに「こっち見るなー!」と怒鳴られた事が数回ありますよ。それでも横目で、特にクラッチとアクセルのつなぎ方を覗き込んで盗んでいましたね〜・・・。それほど車の運転に興味があったんだね〜。
私が車を運転しなくなってから、随分と経ったある日の事です。それでも私はまだ17才の時の事です。随分と言っても、ほんの数ヶ月だったのではないでしょうかね〜・・・・。
翌年の8月1日には満18才となり、車の免許を取れる年令になろうとしていた秋も深まる季節の時の事です。オヤジが、「金は出してやるから、翌年から自動車学校に通って車の免許を取っておけ!」と言ってくれたのです。
18歳になっていなくても学校に行って受験できる事をこの時はじめて知りました。
17歳で合格しておくと、どうやら18歳になった時に、申請したら運転免許証を貰う事が出来るという事を知らされて、その時とても喜んだ事をハッキリと憶えています。
私にしてみれば、まるで「棚から牡丹餅」のような話です。
当時は全て一発で合格したとしても13万何がしのお金が必要だったんじゃないかな?ハッキリとはもう憶えていないね〜。そんな大金をオヤジが出してくれると言ってくれたのですからラッキーでしたよ。それからと言うもの、学校に行く事が待ち遠しくて待ち遠しくて・・・。
この時は知る由もありませんでしたが、オヤジは私に免許を取らせて自分の「運転手代わり」をして貰いたかったのでお金を出すと帳場さんに言っていたそうですよ。後に帳場さんから聞いて知った事ですが・・・。
私にしてみればオヤジの思惑なんかはどうでも良くて、私はとにかく車の運転がしたくてしたくてたまらなかったのです。それに、その費用を自分で負担しなくて良いのですからラッキー以外の何物でもないですよ。そのお金は自分で働いて貯めなくちゃならないと、どんな仕事をしようかとただ考えているうちにもう既に数ヶ月経っていたのですからねぇ〜。
そうして指折り数えて翌年の春を心待ちにしていた秋も深まったある日の事です。
東区の栄町という丘珠空港に近いその場所に、私と同じくらいの年齢でペンキ屋に住み込みで働いていた男性と友達になったのですが、その彼とはどこでどう知り合ったかは記憶にありませんが、その彼と電話をしていた時のことです。
どの様な話からその様な事になったかは憶えていませんが、私が翌年の春から自動車学校へ通える事となった事を彼に自慢げに話し、そしてその時の電話でのやり取りがキッカケで、「一回だけなぁ〜・・・。」と、なんと!その彼を乗せてドライブに行く事を約束してしまったのです。
せっかく、オヤジがお金を出してくれると言ってくれたのに・・・。
あの時から今日まで、何ヶ月か車の運転をしないで我慢してきたのに・・・。
春には自動車学校に通える事になっていたのに・・・どうして?
どうして我慢できなかったのか・・・。
この頃のオヤジも、まさか私がまた夜中に運転するとは想ってもいなかったでしょうし、私だって想ってもいませんでした。そしてこの頃のオヤジは、私が運転する事を自重している事を知っていましたから鍵の保管にはルーズにもなっていました。
幸か不幸か、車の鍵があればこれから直ぐに向かうと伝え、電話を切らずに車の鍵があるかどうかを確認しに居間に行ってみたのです。そうしたら、鍵は居間の壁の「カギ掛け」に掛かっていたのです。
そうして鍵があることを確認して彼に伝えたのです。「オヤジが寝てから行く!」と・・・。
深夜、オヤジが寝静まった事を確認してから車のカギを持ち出して駐車場へ向かったのですが、この時の車は購入してまだ1ヶ月も経っていない「ビカビカの新車」でした。
目新しい「山田組」というペイントが入った白のライトバンです。
排気量は1200ccと小さな車で、私にしてみれば小さい頃に「手稲オリンピア」でアクセル全開にして乗り回しては、「ボクー!あんまりスピード出したら危ないから少しスピード落として乗りなさい。でないと乗せないよ!」と、おじちゃんに叱られながらもガンガン乗り回していたそのゴーカートに荷台を付けた様な感じで、「屋根付ゴーカート」の様な物に感じていましたよ。
でも、さすがに駐車場から出す時には、以前と同じ様に「戸惑い」や「自分との格闘」はありました。でも、それは些細なもので、「これが最後だから・・・。」と自分に言い聞かせて駐車場から出てゆきましたよ。
振り返ってみれば自分でさえも、「どうして?・・・」と思います。だからこそこれが人生なんだなぁ〜とも思ってしまいます。
自分の思い通りに人生が運ぶなら苦労はないですよね。
この日まで、無免許で運転するという事がどれほど危険な事であるかなど、知っているようでな〜んにも知らず、まったく!本当に!とんでもない事を平気でしていたものです。
いくら若かった事とは言え、自分の様々な生い立ちを今こうして振り返ってみると、いかに私は多くの「絶対にしてはならなかった事」を沢山してきたか・・・。
無免許運転一つとっても、幸いにしてこれまで事故を起こさずに済んでいただけです。
本当にあの日の事を思い出すと、ゾッとします。
そんなゾッとするような事をこのあと本当に起こしてしまったのですから・・・。
これが「しっぺ返し」の事の始まりです。
パトカーと「真夜中のカーチェイス」
彼とドライブに行く為に、麻生方向へ向かう為の車の運転も道路にもこの時にはもうすっかり慣れていました。そして車の運転も慣れたもので・・・。
それもその筈。一時期から運転していなかった筈なのですがね。オヤジの運転からしっかりクラッチとアクセルの使い方を見て盗んでいたんですから。
彼の所に着き、早速彼を乗せて行くあても無いドライブへと出て行ったわけです。
どこをどう走り回ったかはまったく憶えていませんが、かなり遠い所までドライブしたように思います。それにこの日は小雨が降っていました。
行く当ても無く随分とブラブラと走り回り、そろそろ帰ろうと彼を送りに麻生方向から丘珠線を走っていた時の事です。現在でもそのルートはたまに走りますが、そこを通るとその時の事を思い出してしまいます。
彼の自宅にもう少しで到着!という所に差し掛かった時、少し先に交番を示す丸い赤電灯が見えました。「アッ!あそこには交番がある。注意して安全運転で・・・。」と、スピードを更に減速して交番の前を通り過ぎようと前に差し掛かった時、突然交番から警察官が飛び出してきたのです。ビックリしましたぁ〜。「危ない!」という回避反応からUターンして咄嗟に逃げてしまったのです。
逃げてしまってからあれこれと考えてしまいましたが、「停められたのは警察官でパトカーに追い掛けられた訳じゃない。だからこの場から逃げ去れば大丈夫!」と思い、交番から少しでも早く離れようと一目散に逃げ出しました。そしてとにかく早く、車を駐車場に戻して何事も無かったように家に帰ろうと・・・。
そんな事を考えながら逃げていたら、そうしたら、ななッ、なんと!パトカーが赤色灯を点けて交番の所から追っかけて来るではないですかぁ。こんな夜中だから警察官だけだと思っていたら、まさかパトカーがいたなんて・・・。
咄嗟に本道を離れ枝道を左折。それからは何処をどう走ったのかは全く憶えていませんが、とにかく細い枝道へ枝道へと曲がっては逃げはじめました。
右や左に、曲がって曲がって曲がりまくりました。その間には人は引きそうにはなるは、信号無視や交差点での一時停止の無視は当たり前。破れかぶれの一か八かの運転でしたよ。
その時の事を振り返ってみると本当にゾッとします・・・。
土地勘のまったく無い場所をただひたすらにパトカーを振り切ろうと、雨が降る深夜の中を逃げ回っていました。後から追ってくるパトカーを、バックミラーで確かめながら逃げている余裕などありません。ただただひたすらに必死で知らない場所をグルグルと逃げているだけでした。
そうこうして必死に逃げ回っているうちに、本通りから右折をしてある細い枝道に右折をした時の事です。曲がった瞬間、こちら向きに駐車していた黒の車が目に入り、咄嗟に左へハンドルを切ったのです。そうしたら、「エッ!なっ、なんだぁ!!!」と、なんでこんな所で車が!?と、フロントが浮き上がり始めたのです。
それには驚くと言うより、唖然としたと言った方がその時の驚きは適切かもしれません。
それほど、何が起きたのかまったく理解できないような現象が起こったのです。
突然車のフロントが鉄の板が裂けるような音を立てながら浮き上がり始めたのには、いったい何が起こったのかまったく状況が理解できませんでした。
その、目の前で起こっているフロントが浮いて行くその様子はスローモーションのようでした。次にスローモーションで浮き上がった車のフロントガラスが割れ、次第に右へ傾き始めて車は横転して横倒しなったのですが、その原因は電柱を支えているワイヤーに乗り上げたからなのですが、それにはまったく気づきませんでした。
ワイヤーに乗り上げた車は次第に右へ傾きかけ、ゆっくりと横転してゆき横倒しとなってしまったのですが、不思議な事に二人とも横転した車の中でひっくり返る事も無く、横倒しになった車の中で立っていました。
そうしてどれだけの時間が経ったでしょう、パトカーがサイレンを鳴らし近づいてくるのが分かりました。パトカーは枝道を曲がると直ぐにサイレンを止め、警察官が車内から出てくるドアを開ける音を聞きました。
パトカーがサイレンを鳴らすのを止めて車から降りるまでの時間には、少し時間があったように思います。と言うのも、助手席に居た彼が「どうする?」と聞いたのに対して、私は、「待て!逃げようぜ!でもチョット待て。」と言い聞かせた事を憶えているからです。
私は彼にそう言って、パトカーで追っかけられたのでは逃げ切れない。でも、走って追っかけてくるのには絶対に逃げ切れる自身があったからです。いったいその自信は何処から来るのか?と言うと、学院で鍛えられた足と体力には絶対の自信があったからです。
そうして、警察官が車から降りて少しこちらに近づく、「逃げるタイミング」を見つけていたのです。案の定、ドアが2枚開いて閉じる音を確認しました。なにやら話しながら近づいて来たのです。そうして警察官がパトカーから十分に離れ、自分達もこの距離なら逃げれるという限界の所まで来た時に、彼に「よし!今だぁ!!」と割れたフロントガラス窓から飛び出して逃げたのです。
もう〜、そりゃ〜猛ダッシュです。日頃鍛えている流石の警察官であっても、学院で鍛え上げられた足には追いつくはずもありません。彼も私に必死に着いて来ました。
そうしてどれほど走って逃げたでしょう?100メートルも行ったでしょうか?警察官の一人が、このままでは逃げられてしまうと察したのでしょうね。突然、「おい!止まれ〜!止まらないと撃つぞー!」と叫んだのです。が、そんな叫びは聞こえてはいますがまさか本当にとは思ってはいませんから、その叫びに立ち止まる事も無く逃げていましたが、2度目を叫ばれた時には、流石に本当に撃たれるのでは?という恐怖感を感じて、走りながら振り返り、「撃つなー!」って叫んで逃げましたよ。あの時は、本当に「撃つなー!」つて叫ばないと撃たれるような気がして叫んだんです。
結局、二人とも逃げ切ったのですが、草むらに這いつくばって身を隠し、彼に、「もう少ししたらお互い家に歩いて帰ろうぜ!」と時間が過ぎるのを待ちました。
どれほどの時間だったでしょう?全く憶えていませんが、とにかく、歩いて家に辿り着いたことだけは確かです。勿論彼も。彼は歩いて帰るにもそれほど遠い距離ではありませんが、それに対して私はと言うと、東区から豊平2条10丁目までの距離は結構な距離でしたが、その距離など何の苦も無く歩いて帰りました。
歩いている間、「どうしょう!?どうしょう!?もうどうしようもない。自分が犯人だという事はバレてしまう。もうどうしょうもない・・・。車の免許を取る事も、こうしてシャバにいる事さえも、もう無理だぁ・・・。」と考えながらも、今帰る所は矢張り怖いオヤジが居る所しか私には無い。
オヤジが居る家以外、他に帰る家も頼る所ありません。とにかく早く家に帰りたい一身で雨が降る夜道を歩き続けました。
どれだけの時間が掛かったのだろう?しかし外はまだ暗かったです。なんとか家には辿り着きました。この時はじめて感じたものではなかったと思うのですが、自分はまるで犬みたいな奴だなと思いましたよ。
地名や住所などが分からなくても、感覚で目的地に行けたり帰れたりする自分のその感覚がまるで犬みたいに感じていた頃がありますが、この時もそんな感じで家に辿り着けたのです。
裏口から家に入ろうとドアを開けたら家の中は電気が光々を点いていて、既にオヤジは起きていました。それも警察からの連絡が入っていたためにです・・・。
この時、オヤジに殴られた記憶も怒鳴られた記憶も無い。ただ一つあるのは、「明日の朝、警察署に行かなくてはならないからとにかく早く寝ろやぁ!」と言われた言葉だけが記憶にあります。その日のその後はどんな思いで眠りについたのかさえ全く記憶にありませんが、どんな思いで朝を向かえたのだろう・・・。
先にも書きましたが、その後も何度かその細い枝道の前を車で通り過ぎながらその度に思い出していますが、「よくもこんな所を・・・。こっちには車が停まっていて、そしてそこのワイヤーに・・・。」と、・・・。
本当に、よく人を怪我させずに・・・。と、そこを通る度に我ながら不思議に思っていましたよ。
最後に
不思議なものです。
前々章、前章にと出てきている「まさ」の事ですが、学院在籍中は同じ寮の生徒ではありませんでしたが、私達二人は、特に社会に出てからなにかと縁があり、そして私にとっては誰よりも一番気がかりだった彼から、突然、平成19年3月22日の18時32分に教室に電話が掛かってきたのです。
まさか!とは思いましたが、そのまさかです。
公用の電話なので「まさ」に私の携帯番号を教えて、携帯に電話をかけ直すように伝えて一旦その電話を切りました。携帯に電話がかかってくるほんの数十秒間のあいだ、彼から電話がかかってきたら怒鳴りつけてやろうと考えていました。しかし、あらためて「まさ」の声を聞いたその瞬間、「お前!元気でいるのか?どうしてたぁ〜・・・?」と・・・。
「まさ」がいつかこうして電話をかけて来る日の事を考えて、それだけを考えて携帯の番号も自宅の番号も変えずに十数年待っていたのです。ただそれだけの為にです・・・。
嬉しかったです。とにかく嬉しかったです・・・。元気でいてくれた事に・・・。
元気で社会で暮らしていてくれた事に感謝です。本当に良かったぁ〜・・・。本当に・・・。
想いは必ず叶うものですねぇ〜・・・。ありがとうございます。
本当に・・・。良かったぁ〜・・・。
社会で元気で暮らしていてくれて・・・。
次章は今回の続き、朝を向かえ警察署に行く事となり、そしてその処罰の一部始終(私の記憶に残るもの全て)を書かせて頂く予定です。
それでは今回はこれで・・・。
最後までお読み下さいましてありがとうございました。
荒町 真樹生
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