これからも掲載し続けて行きたいけれど・・・。
はじめに
この私の生い立ち、「こんな人生だからこそ」に対するご意見やご感想を寄せられる様になり、ありがたい事と感謝いたしております。ご自分の人生観と合い交わり、共感され「元気になりました!先生も頑張って下さい。」と言う有難い励ましのメールも頂けば、当然の事ながら中傷的なご意見も頂きます。見られる方々お一人お一人の感じ方に違いがあって当然だという事は私も理解しております。
この「こんな人生だからこそ」を書き続けるに当たっては細心の注意を払って書いているつもりではおります。より皆様に解かり易く、自分がその時に感じた事を全ての皆様に正しく誤解の無い様に伝えられる程の専門的知識は残念ながら御座いませんが、この「こんな人生だからこそ」は、私の記憶に残る出来事の一つ一つの物語から、感じた事を過剰に表現せずに書いてはおります。
また、その観点から言わせて頂ければ、本当にあった事だからとはいえ、公共の場に於いてそのまま書いたのではあまりに非常識で相応しくないと思われる所も御座いまして抑えて書いてはおりますが、何分私の記憶に残る物だけに、名称や時間や期間等に尽きましては私の勘違いや誤りがあるかと思います。だからと言って全てが許される訳では無いという事も認識しております。
掲載するに当たっては、何度も読み返し確認をしているにも関わらず、現に名称について「間違いじゃないですか?」というお知らせを頂き、そこで初めて間違いに気付いて即座に訂正をさせて頂いた事も御座います。
こうして公共の場に於いて、「こんな人生だからこそ」の様な物を掲載するに当たっては、当然の事ながらそれに対する責任がある事も踏まえて書いているつもりです。だからこそ、嘘、偽りは絶対に書けないと・・・。
私がこうして書いているのは、人への恨み辛みをホームページという媒体を利用して打ち明けているのでは御座いません。重ね重ね申しますが、本当に様々な事や、様々な方々とのご縁のお陰で今の自分が存在しております。本当にその方々のお陰なので御座います。私の心中を幾ら活字や言葉を巧みに使おうとも、学識が少ないこの私がその言葉の意味も深く理解しないまま利用したところで、また、文章だけをかっこ良くして心無い文章を書いたところで、私にとっては何の意味の無い読物となってしまいます。
私のそんな浅学な分を、正直に、心素直に書く事しか今の私には手段が御座いません。(浅学なら出すな!もっと勉強してから出せ!と、言われそうですが・・・。)
ですが同じ様な境遇で育った方から、この「こんな人生だからこそ」を見て、「めげていた気持ちに元気を頂きました。頑張ります!荒町先生もお体を大切に頑張って下さい。」というメールを頂き、私も共にその方からの更なる元気を分けて頂いて頑張らせて頂いております。
浅学な者にも、学識の無い者にも、自分の気持ちを上手く人に伝える事が出来ない者にも、人には言えない生い立ちを持ちながらも一生懸命に生きて来た者にも、今まさに社会から弾き出され様としている者にも、どんな者にでも皆さんと同じ様に「やる気」と「素直な心」が有る正直な者であるとしたならば、そんな誰をも受け入れてくれる社会であって欲しいです。そして、それが誰にでもハッキリと分かる様なそんな窓口を開いて欲しいと願います。どうか、どうか、私の心中をほんの少しで良いです、ほんのチョットだけ汲んで頂き、チャンスの窓口を大きく空けていて欲しいです。
私への中傷や批判は、しっかりと私自身が受け止めるつもりで御座います。直すべき所が見つかればそれを素直に受け入れ、それを直す努力も致します。こうして考えられる様になったその心の基礎は後になってから気付いた事では有りますが、既に学院生活で学ばせて頂いていたのです。
どうか、立ち直ろうとする者達の素直な心の種の芽を、どうか、どうか摘まないで欲しいのです。温かく見守って下さり、そして心温かく本気で叱って下さい。心温かく本気で怒鳴ってやって下さい。心温かく、建て前の無い本音で・・・。
綺麗事を言うつもりは無いのです
痛かった事も、辛かった事も、悲しかった事も、過ちも、全ての事が今の私には肥やしになっています。 全ては体験から学び、時間を掛けて成長してゆくものではないでしょうか・・・。
善い事も悪い事も・・・。
いくら理屈で分かっていても、所詮は「机の上の活字」。自分の肉体やその心で痛みや苦しみを感じてこそ、そこで初めて活かされる「源」となるのではないでしょうか。
人は幾ら物事を理屈で分かっていてもなお、過ちを繰り返します。
私は、そんな愚かな者の模範かもしれません。同じ過ちを、春・夏・秋・冬のお決まりの様に、幾度も同じ失敗を繰り返して生きてきました。その度に自分の弱さを知り、その度に自分に嫌気が差して・・・、そんな繰り返しでした。生きてゆく事さえも辛く苦しくて、自分が嫌になって死のうとした事だって幾度もあります。でも結局は死にきれず、仕舞には「こんな事で死ねるかぁ!何でこんな事で自分が死ななきゃならないんだ!」と、思い止まった時もしばしばです。あげくの果てには、「人がすっかり嫌になった!自分は、この時代に生きる人間じゃ無い!」と、人の汚い所(陰)が見えるのが嫌で、人と接する事にさえ嫌気がさして死にたくなった事も・・・。(もちろん自分に対してもです。)
でも、こうして生きています。
昔は随分と危険な場所で仕事をする様な職に就いていました。危ない目に幾度も遭い、時には命を喪いかけた事もあります。結果として私が救われて、代わりに亡くなられた方もいらっしゃいます。その事で、お前の身代わりになって死んだんだ!と、事ある毎に言われもしました。母は随分と周りから言われて悩み苦しんでいた時期も有りました。そんな事を言われる筋合いでは無いのにです。(母であるが故にです・・・。)
いずれにせよ、こうして私が生かされて来たのには訳があるのでしょう・・・きっと。
「お前にはまだ成仏させない!もっともっと、この世でまだまだ修行せぇー!」と、試練を与えられているのだろうなぁ〜と、勝手にプラス発想しています。そうでも思わないと、今の自分を見失ってしまい、崩れて壊れて無くなってしまいそうだからです。
私も40ウン年生きて来て、チャンスは何度か有りました。ですがそれを活かす事が出来ず、成功者の仲間入りが出来ませんでした。昔、片手間に「ねずみこう」や「マルチ商法まがい」の仕事にもいち早く足を突っ込んだ時もありました。しかし目指した処へは辿り着けず、結局は負け組みになってしまいました。ですが、今ではそれで救われたと思っています。だからこそ今の自分が居ます。(負け惜しみですが・・・。)その事で親をはじめ、周りの人達には少なからず迷惑を掛けてしまいました。今度こそは!今度こそは!と、もがくのですが、もがけばもがくほど悪い方へ悪い方へと結果が出てしまってヤケになってしまった事も・・・。話せば長くなってしまいます。
今回は、「ある先生に特に気に入られていなかった為なのか、あるチャンスに恵まれなかった」という出来事の一つを掲載する筈で御座いましたが、心無い悪意と受取れる様な内容の文章がメールでは無く、何か意図があってでしょうが、あえて掲示板という全ての人が見られる公共の場を使い、それに相応しくない中傷的な内容の文章での書き込みが御座いました。(残念です。)
他人に心無い一本の指(人差指)を指した時、一本(親指)は天を指し、他の三本の指(中指・薬指・小指)は自分を指していますが、それと同じ様に、良い事も悪い事も後に自分に3倍となって返って来るのです。当然ですが、私はそんな悪い事の3倍返しの連続でした。そう思えば、それもまた当然の事です。自分は今、その3倍返しの試練を与えられているのだと思い、自分と闘っています。ただそれだけです・・・。私自身が心情的にこのままでは・・・と思うから、少しでも今の自分に出来る事があるならば・・・と、自分と闘っているだけです。
改めて、この「こんな人生だからこそ」は、決して面白おかしく無責任に書いているのでは無い、私の心中を少しでも察して頂ければ幸いです。
まきおの『こんな人生だからこそ』へのご意見やご感想はこちら(荒町宛て)までお送り下さい。


