まきおの『こんな人生だからこそ』

第7章 「これもまた幸せ」

四、寿司食べ放題

 学院生活では、苦しかった事や辛い事ばかりでもありませんでしたよ。楽しかった事も数多くありました。
 そんな楽しく、また、時には幸せだな〜と感じた思い出を今回は書かせて頂きます。
その第一候補にあがるのが、運動会体育祭ですね。
 当時、私が入った時には無かったイベントですが、どのくらいの期間だったか、また、いつからだったかはハッキリと記憶にはありませんが、とにかくそのイベントが近づくとワクワクしながら指折り数えて待っていたものでした。

 運動会の日か体育祭の日には、何よりも楽しみな事があったのです。
 その日になると、確か「太陽ツール」という企業名だったと思いますが、その企業が学院に慰問に来られ、学院の全生徒にお寿司をご馳走してくれたのです。
 その企業名をインターネットで検索してみましたが、残念ながら探し出せませんでした。
社名については私の記憶違いかとも思っております。(あしからず)
 今思えば、たとえ「福祉活動の一環として」とはいっても、会社としては大変負担の大きい事であったと思います。

 私もダンスを媒体として慰問を毎年させて頂いておりますが、規模はどんなに小さくとも矢張り経費が掛かります。ましてあのような規模でやって頂けていたとは・・・と、今こうして経営者になってみて改めてそう感じ、その時の企業の経営者に感服しております。
 学院生活での普段の食事は、満足のいかないものでは無かったのですが、なにせ伸び盛り食べ盛りですから、昼間のうちに学院敷地内の山に入っては「山葡萄や山栗・グスベリや野イチゴ」など、とにかく食べられる物なら何でも獲って来ては、寮長先生に見つからない様に隠れて食べていたことがありましたね〜。
 そんな生活の中での、年に一度のお寿司食べ放題ですから。

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五、今でこそ麦飯は健康米だが

 当時の学院のお米は麦飯でした。
 今でこそ健康米として重宝されていますが、当時の私には、とても美味しいとは言いがたい物でした。
 時には喉を通らないからと、麦飯にお水や牛乳を掛けて食べたりするのは当たり前の食事でした。食事の時間に食べることが出来ない事など日常茶飯事でした。かといって捨ててしまうのはとんでもなく、どんなに硬かろうが、冷えきって美味しくなかろうが、腐って食べられない限りはもったいなくて食べましたね〜。
 卑しいのかもしれませんが、当時の私にとっては食べられる物なら何でも食べる!そんな環境と時期でしたね〜。
 当時は、とにかく不味いと思って食べる余裕などありませんでした。ですからどちらかといえば、味付けはとても美味しかったと記憶にあります。その頃の炊事をしてくれていた先生は確か、秋田先生でしたかね〜・・・。懐かしいです。
 あの頃の「ミートスパゲティー」の味は今でも忘れられませんね〜・・・。
 人間はどんな環境にも順応出来るのですネ〜。
 幼い頃からそんな環境に居ますから、すっかり慣れて麦飯が不味いと感じたことは無かったように思います。
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六、お寿司を競いあって食べた思い出と幸せ

 先にも書きましたが、そんな普段の食生活でしたから運動会の日だったか体育祭の日であったかは覚えていませんが、その日のお寿司食べ放題は何よりも楽しみでした。そして幸せを感じたひと時でした。
 どのネタを幾ら食べても良いですし、叱られないのですから、これ以上の幸せは無いでしょう!
 運動会や体育祭で一等になることよりも、お寿司食べ放題の方が私にとっては何よりもの楽しみであり、最高の幸せでしたね〜。環境が違えば人の価値観だって違うというのはこんなことからなのでしょか・・・。その頃の生徒全員は、みんな私と同じ気持ちで居たと想います。

 このイベントがあったのは、私が中学生になってからと微かに記憶にあります。そのお寿司食べ放題で、同級生と競って食べて負けた記憶が残っていますね。その時に食べた数が百何個かでした。懐かしいです。
 彼は今、何処で何をして居るのだろう・・・。その時、中学三年でした。

 現代の豊かな家庭環境で育っている子供達にとって、寿司が食べられることなど当たり前のことですよね。あれが食べたい!これが食べたい!あれが欲しい!これが欲しい!と言えば二言返事で、「いいよ!」と親が買ってくれるのですからね〜・・・。また、子供が催促しなくても、親が子供の機嫌をとるのにしてあげる事は今では当たり前の事ですものね〜。果たしてそれが本当の優しさか?
 今はそんな時代なのだから、ここで「それは違うだろ!」と叫んだところで、「なに奇麗事言っている!」と言われるのが関の山ですね〜。

 当時のあの環境の中で育つ私達にとっては、年に一回のお寿司食べ放題は唯一の楽しみであり、幸せを感じた一時でした。
 こうしてあの頃の楽しかった出来事や、幸せだと感じた事を懐かしいな〜と感じられる今の自分になれたことに感謝していますし、そんな経験を与えて頂けた事に感謝せずにはいられません。
 この気持ちを読者の皆様が、奇麗事として想われるかどうかはご自由ですが、今の私にとっては、あの学院生活での頃の苦しかった事や、悲しかった事も今では善き思い出となっています。
 また、そう思える今の自分になれたことに深く感謝しています。

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