まきおの『こんな人生だからこそ』

第4章 「運、不運は紙一重」

≪まえがき≫

 前回までは、「太陽は沈まないというリンチがあり、その事を先生に結局は聞けず、先生のいなくなった自習室の異様な静けさの中、このまま何事もなく、今日という日が過ぎ去ってくれればと願いました。でも、その願いが叶わず、その口火を切ったのが部屋長だった」というところまででした。

殴り蹴られることには慣れてはいるが・・・

 その頃の私の名字は「鈴木」。部屋長が「鈴木―!お前、先生に何を聞こうとしたんだ?!(以下省略)」と部屋長に、いきなり腹を殴られました。何度殴られて行動に出たのかは覚えていませんが、殴られたり蹴られたりするような「外傷的な痛みに耐えること」の我慢強さは「鬼のような親爺」から身を持って憶えさせられましたから、かなり我慢していたと思います。

 ですが相手は中学3年生、私は小学3年生。身長も違えば、体格もまるで違います。その時代の学院の生徒は日々、鍛えられていますから「ガッチリ」しています。そんな者を相手に戦うのですから、殴りかかったところで歯がたつわけもありません。ひたすらテーブルの上に立ち、側に来ないよう蹴り続けました。
 周りの生徒も参入してきて、私をテーブルの上から引き摺り下ろそうと手を貸し始めました。部屋長が手を貸すよう指示した訳でもないのに連係がしつかり取れているのです。その事に気付いた時、何か道具を持たなければという危機を感じました。

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防備のつもりが凶器に

 テーブルの上から周りを見渡し、目に入ったのが台所にある包丁でした。それを察知した一人の生徒に、一足先に獲られてしまいました。その生徒の名前も顔も、今でも覚えています。何故なら、その生徒とはその後も幾度となく喧嘩をした相手だからです。
 事件(こと)はこれで終わった訳ではなく、他に何か武器になる物はないかと蹴り続けながら、周囲を見渡し、次に目が入ったのが食器棚の中にある食器でした。テーブルから駆け下り、食器棚の扉を開けたところで身体を捕まれてしまい、それでも必死で食器を掴もうとするのですが手が届かず、床に倒されてしまいました。

 もがいているうちに食器棚の引き出しに手がいき、手に獲ったのが「缶切り」でした。その時の缶切りとは、先の尖った部分を缶の中心に刺し、そこを中心として缶の回りに沿って通常の缶切りに付いているような刃で缶の蓋を開けるといった種類の缶切りでした。いったい何に使うものなのか知りません。初めて見る道具でした。また、そんなことを考えている余裕などありませんでした。
 その缶切りを前に突き出したとたん、皆が後ずさり。缶切りを突き出しながら、またテーブルの上に上がり「来るなら来てみろ、刺すからな」というようなことを、ハッキリとは覚えていませんが言いました。

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殺意と殺人は紙一重

 部屋長が「やれるものなら、やってみろー!」と良いながらテーブルの前まで来た時、私は何の躊躇もなく、向かってきた部屋長めがけてテーブルの上から飛び降り様に、その缶切りを突き刺しました。
 今思えば、その時の自分は何を考えていたのだろうと思います。いま考えただけでもゾーっとします。あのときの自分は誰だったのだろうと・・・。
 運よく、今思えば本当に運よく、部屋長が反射的に背中を向けたところに突き刺したので大事には至りませんでしたが、背中を向けていなければ、人を殺してしまっていたかもしれません。この件に関する、その後の経緯は省略させて頂きますが、その事件以来、私に対するリンチは幸いにして無くなりました。

 あのとき、リンチに遭うという恐怖から咄嗟的ではあったにしても、一歩間違えば人を殺していたかもしれない自分の行動を、何かが自分を殺人者にさせぬよう助けてくれたのだろうと感じています。そう「思う」のではなく、そう「感じる」のです。なぜなら、こんな体験がこの一度では無かったからです・・・。
 いずれにせよ、大沼学院入学5日目にして、このような事件を起こす問題児でした。良い経験にしろ、悪い経験にしろ、むしろ「嫌な、苦い経験」や「喜ばしくない経験」の方が多い私ですが、とにかく今、こうして自分を振り返ることが出来、自分の恥や愚かな過去を、勇気を持ってさらけ出せる自分であることに意義を感じています。
 このことが自分にとって、本当に異議があったのか無かったのか、善かったのか、善くなかったのかは「人生の終演」の時までに、自分で「確かな手ごたえ」を感じることが出来れば本望と思っています。

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「賢い人」とは恥をさらけ出さぬ者?

 世間の皆様に、どう思われ、どう評価されようとも、また、そのことでマキダンススクールに生徒さんが来なくなり、潰れようとも、そのとき自分に「勇気と感謝の気持ち」が活き続けている限り、また一から勉強し直して、立ち上がって前へ進める自分でありたいと思います。私の人生はこんなことの「繰り返し」で今日に至る気がします。
 こんなことを書くから「だから生意気なんだ」と言われそうですが、これが私の生き方です。背伸びをしている訳でもなく、見栄を張っている訳でもないつもりです。ただ、明らかに意地は張っています。が、私にその「意地」が無ければ、今日の自分はないことは断言できます。

 こんな不器用な生き方しか出来ませんが、でも後悔はしていません。いつまで戦い続けることが出来るかは判りませんが、自分に負けぬよう頑張りたいと思います。
 私に「元気」と「勇気」を与えてくれているのは、スタッフであり、何より、マキダンススクールを慕い、通って下さる生徒さんからの「エネルギー」が源です。私自身が「求める物」がある限り、また、マキダンススクールを慕ってくださる方々が居る限り、頑張り続けられる自分でありたいと思います。
 今日まで、多くの経験をさせていただき、また、多くの事を「気付く」機会(生命の誕生)を与えてくれた母と、この世で生きているのか、死んでいるのか分からぬ実の父に、産んでくれたことに、深く々感謝しています。

お父さん、お母さん、ありがとう!

平成16年9月1日

荒町真樹生
旧姓鈴木真樹生

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